メール占いに御執心だった過去を振り返り思うこと

普段は占いなんて全く関心のない私ですが、人間と言うのは本当に弱いもので、何か大変な逆境に出くわした時や、ひどく心がナイーブになっている時など、ふと占いに頼ってみたかなるものです。
かく言う私も今まで何度か占いをしてもらったことがあります。

若い頃は電話帳で市内の占い師を調べて、片っ端から鑑定を受けたものですが、今はスマホや携帯、パソコンなどで、全国各地の占い師を検索し、鑑定依頼も出来る時代です。

ここ数年前から、私はスマホを使って、目についたメール占いのサイトでたびたび鑑定を依頼しています。
気持ちが前向きな時やいろいろなことが順調な時は、占いをしてもらおうなんて考えることすらないのに、心が挫けそうな時、人との関わりに悩んだ時、そんなふうに心が弱くなっている時に、何となく占いに頼ってみたくなるのが私の常なのです。

最近は電話占いのサイトもよく見かけますが、なにぶん人見知りな私は、初めて関わる占い師さんと直接話すのはちょっとためらってしまうので、文章でやりとりが出来るメール鑑定のサイトを利用しています。
思えばいろいろな占い師さんに鑑定してもらいました。

そんな記憶を振り返り、あとになって思うことは、占いなんてやっぱり「当たるも八卦、当たらぬも八卦」だと言うこと。
良いことを言われれば、それで心も明るくなり励みにもなり、前向きになれるきっかけになると思いますが、これがもし逆であれば、更に悲しみの泥沼に足を奪われることになります。

そして、本当に当たるものならば、全ての占い師さんの鑑定結果が同じになって当然のはず。
思えば、いろいろな占い師さんに鑑定してもらいましたが、全ての占い師さんの鑑定結果が違いました。
そして今になってしみじみ思うのは、どの占い師さんの鑑定も、良いことも悪いことも全てが外れている…と言うことです。
そういえば「売るものがないから占い師」などと言う喩えもありますよね。

然るべき師を仰ぎ、本格的に占いを学んだ占い師さんももちろんたくさんいるのでしようけれど、考えてみれば、カードやら念やら何やらで人の未来や心が読めるなんて、常識で考えてもまずあり得ないことだと思うのです。

そんな私は、最近では占い師さんに人生を託すのではなく、自分の力でひとつひとつ人生を切り開いて生きていくのが一番なんだよな…と最近思うようになりました。
占いは、あくまでも励み程度にしておくもので、人生を託すべきものではないとつくづく思います。